2010年08月05日

閑話

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私のブログは堅苦しい話が多い。
いや、堅苦しい話ばかりである。
よく分かっているつもりだが、どうしてもそうなってしまう。
闘病記とはいえないが一応は闘病記だからだろうか。

私の闘病記は、みなさんの闘病記のように治療の経過や薬の量などをミリ単位で報告するなど、詳細には書かないことにしている。
それよりも死生観や病気に対する気持ちの持ち方、主治医との信頼関係など、病気を治すためにもっとも大切なことを大事にしたいと思ってている。
病気以外に関することへの関心も、間接的にはこれらのことと関係していると思って書いている。
政治への憤りなども病いと闘う闘志と共通した心理であり、このような元気さがなければ抗がん剤の副作用と闘えない。
以下の綾小路君麻呂の話も気持ちをリラックスさせるという意味では必要だと思う。

ネットでアマゾンのサイトをぶらついていたら面白そうな本に出会った。
綾小路君麻呂の本である。
新品の中古本で価格は 1円、送料 370円、合計税込みで 371円、アマゾンではなくて福岡市の書店から送ってきた。
B5 の文庫本で、文字は 40 ポイント位、流石に君麻呂らしく中高年に配慮が行き届いている。
10 分ほどで読んでしまったが何度読んでも面白い。
次の一説など身につまされて笑ってしまった。

おじいちゃんの部屋に入ったら
机の上に入れ歯が置いてあった
おじいちゃん!!
あの入れ歯はいつ入れるんですか?
葉を磨くときに入れるんだよ!!


私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
posted by toshi at 16:32| Comment(14) | 日記

2010年07月31日

ウォオーキングと蝉しぐれ

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8月 5日から 12日まで、藤沢周平のふるさと鶴岡を訪ねる旅に出る。
私は藤沢周平の大のファンで、氏の作品は残らず読んでいる。
氏の簡潔で豊かな描写が好きである。
川端康成と共通したしたところがあるように思う。

私は現役時代、企画書、提案書、システム仕様書など、多くの文書を作成してきた。
これらの文書を作成するに当たって、私は次の条件を部下を含めて課していた。
1.わかりやすいこと
2.結論が明確であること
3.文章が簡潔であること
4.余計な漢字は使わない
5.誤字脱字がないこと
そして、あいまいな文学的表現は許されなかった。
私が川端康成や藤沢周平の作品に惹かれていったのも、その反動だったように思う。

藤沢周平の描写は、川端康成の雪国のトンネルを出た瞬間の 「夜の底が白くなった」 という俳句の世界のような描写など、よく似ている。
ところで、俳句といえばこの句が大好きである。

おくられて おくりつ 果ては木曽の秋

10数年前に木曽の野麦峠を下ってきたところの小さな集落の古い小屋のような、これまた小さな店の前で休んでいると、向かいの家からお婆さんに送られて若いお母さんと小さな女の子が出てきた。
車の影が暮色にかすむ山すそに消えても、じっと佇んでいるお婆さんの背中を見ていたとき、ふっと浮かんだのが芭蕉の句だった。
それ以来、この句が好きになった。
藤沢周平の世界もこの句のようである。
小説の中に出てくる雪国の仮想の小藩、海坂藩の夕景にかすむ山々、夕日に染まる町屋の瓦、暮色に沈む武家屋敷などの描写が芭蕉の世界に重なって見える。
藤沢周平が心の目で見続けたふるさと、鶴岡のたたずまいを是非見てみたいと思っていたので楽しみである。

主治医の T 先生にも許可をもらったし、息子夫婦が心配してついていくというので、費用は倍になるが安心料だと思っている。
T 先生からはまだ言われていないが、次の診察日に詳しい行程を知らせるので、毎日状況報告のメールを入れろといわれるかも知れない。
というわけで、今朝から体力作りのために梅雨を避けていたウォーキングを始めた。
5時過ぎに市立中央公園まで車で行って、公園内を 3周してきたが疲れはなかった。
最後の生を謳歌する蝉の声が、命を燃えたたたせているような夏の木々にこだましていた。
朝日が登ってきて暑くなってきた。
明日から 4時過ぎにしよう。

この公園は、私が先日肺炎と敗血症性ショックで死にかかって奇跡的に回復し、ICU からようやく一般病棟に戻ったときに、爽やかな五月の風の中に名画のように見えた景色である。

昇る朝日の中で、蝉しぐれがこだます夏の木々に、燃え立つ命を想い、一句。
字余りだが切れを入れるために 「や」 をあえてそのままにした。
荻原井泉水 (後に 「井泉水」) が徹底していった自由律俳句のような高尚な意味ではないが・・・・・

やまい へて リハビリの あさや せみしぐれ


私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
posted by toshi at 12:59| Comment(0) | 日記

2010年07月30日

民主党でこの国は大丈夫?

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今日は気分がいいので一言ボヤキを。

民主党のこの体たらくは何だ!!
民主党の両院議員総会のことである。
国民軽視、いや無視もはなはだしい。
今日から臨時国会が始まっている。
国民はこの国の行く末を本気で心配し始めているのに、執行部の責任などというお家の事情に終始しているとはなにごとか!
今こそ国民と同じ目線を持つべきだろう。
本当に、この国の行く末が心配になってきた。
民主党の議員はみな馬鹿としか思えない。
どんな優秀な人間でもストレス状態に置かれると冷静さを失って周囲が見えなくなる。
今の民主党は惨敗選挙のショックで、まさにこのような集団ショック状態に陥っているようである。

労働組合を基盤にして長いあいだ野党の座にあった民主党は、与党の重責を担うにはまだ政治的に未熟だったのだ。
自民党に愛想がつきていた国民の多くが格好いいマニフェストに騙されのだ。
気がついたら民主党の正体がばれていた。

「小沢の独裁怖し」 をいつまで続けるつもりだろう。
稀代のハトポッポ前夢想総理は政治家を引退する、それも総理辞任のときに言ったことを簡単に翻した。
こともあろうに中国との親善に尽くすという。
あれだけ前言を翻す政治家も珍しいが一般人と違って政治家である。
政治家は言動が首尾一環していてこそ政治家である。
しかも外交の場面では必須である。
お祖父さんの七光りは通用しない。
余計なやばいことはしないでほしい。
小沢も鳩山も顔を見るだけで腹がたつからさっさと引退してほしい。
そうすれば民主党にも再生の道はあるだろう。

それにしても国の行く末を担う国会議員である。
われわれのような一般人とは違う。
それがお家の事情で執行部の責任を追及し、管総理ヤメロの大合唱である。
臨時国会を間近にして政権与党が真っ先にすべきことは、この国の行く末をどうするかを議論することである。
内閣支持率は下落したものの、これ以上総理大臣が変わると海外に恥をさらすという気持ちからなのか、管内閣はこのまま存続すべきという意見が多い。
お家の事情に目がくらんで、この国民の気持ちを無視して、今なすべきことは何かも考えていない民主党には愛想がつきてしまった。
このままでは日本の政治、日本の行く末は大変なことになる。
自民党は民主党に政権を明け渡してからかなり反省しているし、若手のパワーにも期待を持てる状態だと思う。
長い間政権を担当して滓も溜まっているが、若手のパワーがこれらをきれいにしてくれるという期待もある。
不活性化した組織は一度壊さないと再生しない。
自民党の現状はまさそれである。
また、もともと政治的にも熟練度が違う。
というわけで、次の衆議院選挙は自民党を応援しようと思っている。
民主党がこの体たらくを続けるようなら確実に惨敗するだろう。
わが国の将来はない。


私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
posted by toshi at 18:35| Comment(0) | 日記

市川夫妻の結婚披露宴

今日のテレビはこのニュースでもちきりである。
政界をはじめ有名人の顔々々。
巨大な虚栄の塊。
豪華極まるみっともなさ。
あまりの気分の悪さに思わず追加投稿を。

さあ、モーツアルトでも聴いてサッパリしよう。
posted by toshi at 14:38| Comment(0) | 日記

勇気

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「芦毛の怪物」と呼ば れ 1980年代後半に競馬ブームを巻き起こした名馬 オグリキャップ が骨折の影響で急死したが、テレビのインタビューで多くの人がオグリキャップから勇気をもらったといっていた。

テレビのインタビューくらいでとやかくいうのも大人気ないと思うが、一般的によく言われる言葉なので取り上げてみたいと思う。
というのは 「勇気」 というものは他人や他の対象からもらうものではないと思うからである。
「勇気」 とは、自分が自分の心の中に作り上げた「何物にも負けない強い意志」 である。
他から勇気をもらったという表現は感傷的な自己満足の結果に過ぎない。

私が肺炎に罹り敗血症性ショックで死に直面したとき死を怖いとは思わなかったが、家族や周囲の人たちに生かされている命を失うわけにはいかないと思った。
覆いかぶさってくる禍々しい死の影と、気を失いそうな激痛に耐えられたのもこの気持ちが強かったからだろうと思っている。
人間の身体は脳からの指令によって動く。
私の心臓が 150 もの拍数で 10時間も動き続けて低下していく血圧を支え続け、多臓器不全に陥るのをかろうじて防いだのは、主治医の T 先生が言った奇跡ではなくて、脳からの指令なのだろうと思っている。
心臓が強くなければ不可能だが、心臓が強くても脳からの指令がなけれもたなかっただろう。

周囲の人たちの支えが、病気に負けないという強い意志を私に持たせてくれたことは確かであるが、やはりそれは私自身が心の中に強く誓ったことなとなのである。
強いて言えば、死の淵を指先で掴んでぶら下がって、バーチャルリアリティの中でもがいている私の頬をたたきながら T 先生が叫んだ 「絶対助けてあげるからね!」 「絶対に死なせはしない! 頑張るんだ!」 という言葉から勇気をもらったといえるかも知れない。
しかし、自分自身の中に生きようとする強い意志がなかったら、苦しさに妥協していたら、今の私がなかったことは確かである。

五木寛之氏が、その著書 「生きる勇気、死ぬ元気」 の中でこのように言っておられる。

『何年か前、NHK 教育テレビの番組で 「生と死の討論」 を行った事がある。・・・対話の場所として選んだのが東京郊外のホスピスであった。・・・収録が終わっとき、一人の患者さんがよっていらして、スタッフにたずねた。
「この放送はいつですか?」
スタッフは三週間後の日時を告げた。
それをきいた患者さんは
「あら遅いのね。もういないわ」
といってカラッと笑った。・・・
患者さんの悪戯っ子のような笑顔と対照的に、私たちは言葉を失って凍てついた。・・・ 』

治療の苦しさに決して妥協することなく癌と向き合ってきた人が持っている勇気なのだと思う。

今朝早く起きたら、しばらく前から剥がれかかっていた左足の親指の爪が剥がれた。
抗がん剤のドセタキセルは爪が変形したり黒ずんだり、剥がれるという副作用がる。
胃を切られることなど怖くも何ともないが、爪が剥がれるというのは思っただけでも鳥肌が立つ。
鬱陶しいなと思っていたのだが、それが今朝ポロっと剥がれた。
爪が剥がれたら下の皮膚はさぞ痛いだろうと思っていたが案に相違して通常の皮膚と何ら変わらない。
痛くも何ともない。
本当にすっきりした。

癌との闘いは抗がん剤の副作用との闘いある。
そして自分自身との戦いである。
副作用は人によって重い人もいれば軽い人もいる。
時期によっても症状は異なる。

私は今、周期的にでてくる口内炎に手こずっている。
舌の左下側にできているが、右側はいつの間にか直っている。
場所によって違うのは不思議である。
口内炎は本当に痛い。
痛くて我慢ができないときがある。
副作用だから、いくら薬を塗っても直らない。
抗がん剤をやめなければ直らない。
しかし楽になったらまた飲めばいいなどと妥協して、抗がん剤の服用をやめるわけにはいかない。
鎮痛剤を飲んでいても食べ物が浸みるときは痛む。
それでも痛さを我慢して反対側の口の中で少しづつ、ゆっくり食べるしかない。
重症の口内炎になる人も多く、頬の内側などいたるところに発症する。
まったく食事ができなくなり経口の流動栄養剤に頼らなければならない。

吐き気が続いてまったく物が食べられないときもある。
ひどい人は嘔吐を繰り返す。
骨髄抑制の貧血による倦怠感や身体のふらつきなど、あげればきりがない。
癌と戦う 「勇気」 とは、先行きの不安や副作用の苦しさと妥協しない強い意思のことである。
これは誰からも貰うことはできない。
強いて言えば主治医からかも知れないが、自分の意志がなければどうしようもない。
そうはいっても、主治医というのは頼りになる大きな存在意である。
主治医と患者の信頼関係が、誰もが内に秘めている勇気を引き出してくれるのかも知れない。
「医師は患者の命を助けるのではなくて一緒に病気と戦うのだ」 といった T 先生の言葉がよみがえってくる。

私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
posted by toshi at 11:12| Comment(0) | 日記

2010年07月26日

数学者 森 毅さん 死去

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数学者で学者、評論家、エッセイストの森 毅、京都大名誉教授が24日午後7時30分、敗血症性ショックのため大阪府寝屋川市内の病院で死去された。
82歳だった。
京都大が25日発表した。
昨年2月27日、京都府八幡市内の自宅で昼食の卵料理を調理中に、火が衣服に燃え移り大やけどを負われた。
やけどは胸、腕など全身の広範囲にわたる重傷で、大阪府の病院に入院。
治療を続けておられたが残念ながら回復には至らなかった。
私は森さんのファンなので大変残念である。
森さんの経歴

森さんは東京都出身。
1950年、東京大理学部数学科を卒業後、北海道大理学部助手に就任。
57年に京都大助教授、71年に同大教授となり、91年に定年退官された。
数学教育に関する多数の著作があるほか評論家としても知られている。
NHKの料理番組に出演したこともあり、関西弁のユーモラスな語り口がテレビでも人気だった。
京大教員時代に深夜のテレビ番組に出演し関西弁のユニークな語り口が注目され多芸多才ぶりが評判となった。
京大紛争中にバリケード内で数学の講義をするなど 「最後の名物教授」 として親しまれた。
剣客のような容姿からついた 「一刀斎」 というニックネームでも知られている。

退官後も自称 「老人フリーター」 として幅広く活動された。
講演や執筆のほか、テレビのコメンテーターとしても活躍。
文学アンソロジーの編集や書評、時事問題など興味の幅は広かった。
特に教育問題に関心が深く活発に発言を続けられた。
「失敗しても、またやり直したらええやんか」 と若者たちにエールを送り、個性を大切にすることを説かれたという。
自身については 「一人っ子で協調性は弱いけど、社交性はあるんや」 といっておられた。
専門は解析学で、著書 「ものぐさ数学のすすめ」 は数学を通して何を学ぶかなど、教科書にはない数学の楽しみ方が発信されていて面白い。
また数学の歴史をつくった大数学者 30人の生涯を描いた 「異説 数学者列伝 」 も、いかにも森さんらしい著書である。
森さんは、エライ人ばかり登場する 「数学主義史観」 の本は大きらいで、森さん独特の 「ボロボロ史観」 で迎え撃つ。
彼らはみな悲劇的で喜劇的なのである。
数学者を序列化して 30番までを選ぼうなどという趣味はないので、その選択はかなり恣意的である。
各篇はまったく独立で、関心は数学者たちの “数学” にではなく “人間” のほうにある。
数式は出てこないからご安心。
昨今の理科ばなれ学力低下を嘆く向きには、きっとキツイ一服になりそう。
そんな異色の数学者列伝。

重度のやけどを負い入院生活を送っておられた森さんの死因である敗血症性ショックは高齢者にとっては死亡率の高い恐ろしい病気である。
森さんのファンである私が死線をさ迷った病気だけに不思議な気がする。
敗血症性ショックについて私が病院の情報などを整理したドキュメントをご紹介する。

敗血症性ショックとは、血液が感染する敗血症によって血圧が危機的なレベルまで低下し、血流量が不足して多くの臓器が機能不全に陥る状態をいう。
ショックの原因はいくつかあるが敗血症もその一つ。
敗血症性ショックは 50歳以上の人、免疫力が低下している人などに起こりやすく、エイズや癌、あるいは化学療法を受けていて白血球数が低い人、糖尿病や肝硬変のような慢性疾患がある人も敗血症性ショックを起こすリスクが高くなる。
敗血症性ショックは、免疫システムが感染と闘うためにつくる物質であるサイトカインや特定の細菌がつくる毒素によって起こる。
これらの物質には血管を拡張させる作用があるので結果的に血圧を下げてしまう。
腎臓や脳など生命維持に欠かせない臓器への血流量も減ってしまう。
体は心拍数を増やし心臓から送り出す血液の量を増やすが、それでも血流量の減少を補うことはできない。
やがて心臓への負荷と毒素によって心臓が弱り、心拍出量が減少し、重要臓器への血液供給がさらに減少する。
血管の壁から体液が組織内に漏れやすくなり浮腫が起こる。
肺にも漏れや浮腫が起こり呼吸困難が生じる。

しばしば敗血症性ショックの最初の徴候は錯乱と認知力の低下で、血圧低下の 24時間以上前から症状が現れることがある。
前駆症状にはほかに、ふるえや悪寒、体温の急な上昇、肌のほてりと紅潮、速く激しい動悸、息切れ、血圧の上昇や下降があり尿量も減る。
血液量が不足した組織は血液中に乳酸を放出し、これが血液の酸性度を高め、多くの臓器に機能障害をもたらす。
末期になると体温がしばしば正常レベル以下に下がる。
敗血症性ショックが進むと、さまざまな臓器が機能不全に陥る。
たとえば腎不全が起こると尿量が極端に減るかまったく出なくなり尿素窒素のような代謝老廃物が血液にたまってくる。
肺不全になると呼吸困難が起こり血液中の酸素濃度が低下する。
心不全になると水分貯留と組織の浮腫が生じる。
さらに血管内に血のかたまりができることがある。
敗血症性ショックの診断を確定するには血液検査を行う。
白血球数の増加ないし減少、酸素濃度の低下、血小板数の減少、乳酸過多、代謝老廃物の増加は、すべて敗血症性ショックの徴候である。
指先にセンサーをあてて血液中の酸素濃度の監視も行う。
心電図で心臓のリズムに異常がみられる場合は心臓への血液供給量が不足していることを示す。
血液培養を行って病原体を確定する。
敗血症以外にもショックを引き起こす原因にはさまざまなものがあるので場合によってはさらに検査が必要ある。
敗血症性ショックは明らかな症状が出たら、ただちに集中治療室で治療を行う必要がある。
血圧を上げるために大量の水分を静脈内投与し、脳や心臓などの臓器への血流量を増やす薬剤を使い、酸素マスクによる酸素の補給も行う。
肺が機能不全に陥った場合は呼吸を補助するため人工呼吸器を使う。
血液培養用の採血が終わり次第、抗生物質を大量に静脈注射で投与する。
検査で感染菌が特定されるまでは 2種類以上の抗生物質を使用して菌を死滅させる確率を上げる。
膿瘍がある場合は膿を出し感染の原因と思われるカテーテルはすべて抜く。
腸壊疽などは壊死組織を取り除く手術を行う。
このようなあらゆる手立てを施しても敗血症性ショックを起こした患者の 25% 以上は死亡する。

森さんのご冥福をお祈りする。


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posted by toshi at 08:50| Comment(0) | 日記

2010年07月25日

市民合唱祭

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今日は毎年7月の第三日曜日に開催される市主催の市民合唱祭の日だった。
今年は 31団体が参加し盛況だった。
そのため、午前 10時50分開演前のリハーサルや本番前の声だしなどは、朝から分刻みのスケジュールだった。
私は練習を休むことが多かったが、この合唱祭には是非とも参加したいと思って照準を合わせて体調管理してきた。
しかし、リハーサル室や声だしの場所を頻繁に移動しなければならなかったので、事前に分かっていることだがかなり疲れた。
私は一つの男声合唱団と二つの混声合唱団に参加している。
本番出演を含めて、それぞれのメンバーが私を心配してくれた。
ありがたいことである。
オープニングは、市内内中学校の合唱部と公募された小学生、私が参加している 15人の男声合唱団との 100人を超える編成で 「Beieave」 を歌った。
小中学生と歌うのは実に楽しい。
今年は三つの合唱団のできばえも非常によく気持ちよく歌えた。
今日は久しぶりに充実した一日だった。


私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ

私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
posted by toshi at 23:15| Comment(0) | 日記

2010年07月17日

腫瘍マーカーがさらに上昇k

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今日の診察日で 6月の腫瘍マーカーが、昨年 9月に敗血症で 12月まで休薬したときの水準まで上がっていた。
CA_2010_6jpg.jpg
5月の値の上昇率が鈍っていたので、数値が下がることを期待していただけに正直ガッカリした。
最初に使用していた シスプラチン / TS−1 は腫瘍マーカーが 15.2 まで下がった実績があるので、効果のない抗がん剤がまったく見つからないということはない。
ただしシスプラチンは一般的に副作用が強く、私の場合は骨髄抑制の副作用ガ強いので、今のドセタキセル / TS-1 でもう少し様子を見て次ぎの 2種類の薬を検討することになった。

【1.パクリタキセル(ドセタキセルと同成分)】
週 1回、80mg / 1u(体表面積) を 4週
静注点滴投与し 2週休薬する。
抗がん剤の投与量は患者の体表面積によって決まる。
私の体表面積は 1.559u なので投与量は 125mg になる。
ちなみに体表面積の計算式は
体表面積 = 体重の 0.425 乗 × 身長の 0.725 乗 × 0.007184 である。

【2. MTX / 5ーFU (TS−1 の主成分)交代療法】
メソトレキセートを 1V=50mg 注点滴投与する。
ロイコボリンを 4週間服用する。

2回も死の淵を浮き沈みしてきた私には 「死というものは怖くはない」 ことを実感した反面 「生きる」 ことの大切さも一層強く実感した。
生きることに影響するようなことには慎重になってきた。
死の淵に引き込まれる仮想現実の中で、迫ってくる真っ黒な禍々しい死の影に激しい怒りが沸いてきた。
そして今、私は癌に対しても同じ気持を持っている。
大勢の人に生かされている身で、そう間単にくたばるわけにはいかない。
今日 T 先生から腫瘍マーカーの値を知らされてガッカリしたのは悔しさからである。
しかし最後の手段、効果が出ていた 「シスプラチン / CDDP 療法」 がある。
静注点滴薬のスプラチン の副作用は相当きついが、いざとなったらそれに耐える自信はある。

以下、 T 先生の説明や病院のパンフレット、院内の待合室に設置してあるビデのなどの情報を引用して説明する。
興味のない方は、どんどん読み飛ばしていただきたい。
----------------------------------------------------------------------------
TS−1 は胃癌などに使用される経口の抗悪性腫瘍剤(抗がん剤)の一種で、代謝拮抗剤に分類される。
商品名は、ティーエスワン、一般名はテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム。
各成分の作用機序は次のとおりである。

【テガフール】
代謝によりフルオロウラシルに変換され、これが DNA 生合成を阻害する。
フルオロウラシルの代謝物も RNA 機能を阻害する。

【ギメラシル】
テガフールがフルオロウラシル以外に代謝されることを防ぐ作用がある。
すなわち体内でのフルオロウラシルの濃度を上げて効果を高めるためのものである。
オテラシルカリウム (オキソン酸カリウム) はフルオロウラシルの消化器毒性を軽減する。

癌との闘いは抗がん剤の苦しい副作用との闘いであり、それは自分との闘いである。
抗がん剤治療は毒薬を飲んでいると同じである。
がん細胞は通常の細胞と比べて、速く成長するために大量の葡萄糖を消費する。
抗がん剤はこの特徴を利用して癌細胞をターゲットとして攻撃する一種の分子標的薬である。
しかし人間の正常細胞にも癌細胞と同じ性質を持つものがある。
造血細胞、粘膜、皮膚の細胞などである。
だから、これらの細胞も同時に攻撃を受け、造血細胞の障害による骨髄抑制、貧血、腸粘膜の障害による下痢、皮膚細胞の障害による脱毛、爪の変形、割れ、剥れなどの副作用症状が出る。
直接的な副作用によって表れる食欲不振、嘔吐感、倦怠感などがある。

今のところ抗がん剤は完全な分子標的薬ではないが、開発されてから何度も改良が繰り返され、同じ名前でも開発当初に比べて副作用が大幅に改良され、延命効果も延長されているものが多い。
たとえば私が使っている TS−1 は 20年以上前に 「5FーU」 という名前で塩野義製薬で開発され、その後、大鵬薬品工業で消化器粘膜障害の副作用が大幅に改良されて 「TS − 1」 という名前で承認された。
薬剤名の 「T」 は大鵬薬品工業の T 、S は開発者の白坂哲彦氏のイニシャル S である。

2009年の日本胃癌学会で、ステージ IV (末期進行性癌)という進行症例を含めて 5年生存率が 32.7% という結果が得られたと発表されている。
また、2009年10月に新潟県立がんセンターで開催された第 47 回日本癌治療学会学術発表集会で 「高度進行胃癌に対する TS-1+CDDP 併用術前化学療法 (NAC) の検討」 という発表がされている。
《発表内容》
【目的】
TS-1+CDDP 併用療法による NAC の臨床的意義について検討した。
【対象と方法】
2000年10月以降、当科で 232 例に対し NAC を施行した。
このうち cM0、cP0、cH0、PS0-1、年齢 20〜75 歳、前治療のない症例に限定した 142 例を対象とした。
年齢中央値 61(29〜75) 歳、男性 96 例。切除率 94%。
TS-1+CDDP 併用療法は TS-1 80mg/m2/日 3週投与 2週休薬、第 8日目に CDDP 60mg/m2 を点滴静注する。
【結果】
1.NAC 中の在宅率は 86% であった。
2.奏功率は原発巣 55%、リンパ節 76%、全体で 58% であった。
3.Grade3/4 の有害事象は貧血 6%、好中球減少 5%、食欲不振 5% で治療関連死亡はいなかった。
4.観察期間中央値 49 か月で MST 51 か月、5YSR 47% であった。
5.多変量解析では奏功度と根治度が独立した予後因子であった。
6.対象中の cStage IIIB 43 例の 3YSR 63% は、 ACTS-GC における fStage IIIB TS-1 投与群 89 例の 3YSR 63% と比較し差がなかった。
【結語】
1.TS-1+CDDP による NAC は重篤な有害事象が少なく奏功率が高い治療である。
2.ACTS-GC において TS-1 単剤による術後補助化学療法で効果が認められなかった群 (fStage IIIB) に関しては、TS-1+CDDP によるNAC のみでは遠隔成績を改善しない可能性もあり、3剤併用や分子標的薬剤の導入を考慮する必要がある。
----------------------------------------------------------------------------
抗がん剤を含めて多くの新薬が開発されてきたが、最近、安いゼネリック薬 (特許切れだが効果がある) を奨励する政府の政策転換によって新薬が売れなくなっており、多額の投資と時間を必要とする新薬開発から手を引く製薬会社が多くなり問題となっている。
政府は保険財政だけにとらわれずに、もっと戦略性をもって日本の医療が世界から取り残せられかねないような政策はやめてほしいものである。
厚生省時代から、わが国の医療行政は稚拙で戦略性がない。
これも私の持論の組織開発無視の官僚組織が行き着くところだろう。
今の民主党の稚拙な政治を見ていると、日本人は本来、このようなことが下手な国民性なのかも知らない。

政府は 「官僚支配」 などという幼稚な間違いに早く気づいて、官僚を 「マネージメント」 できるようになってほしい。

抗がん剤の副作用の苦しさは想像はできても、身体では経験者にしか分からない。
抗がん剤は、身体で実感できる副作用と身体で実感できない副作用がある。
食欲減退、吐き気、嘔吐、倦怠感、口内炎、手足の浮腫・痺れ、爪の剥れ・割れ、等々。
体感できない副作用は危険なものが多く、その代表は骨髄抑制である。
白血球、赤血球、血小板などが極端に減少し、敗血症や肺炎などの感染症を発症する危険がある。
他に肝障害、腎障害、悪性肺炎などがある。
これらのすべてが現れるわけではないが。人によって、体調によってそのときどきいろんな副作用が現れる。
一般に、抗がん剤の副作用の代表は脱毛だと誤解されているが、抗がん剤によるところが大きく、副作用があるとされている抗がん剤でも人によって異なる。
それよりも欲減退、吐き気、下痢、倦怠感などが共通した副作用として、どんな種類の抗がん剤にも圧倒的に多い。
またこれが、副作用の苦しさ、辛さの代表格でもある。

体感できる副作用は我慢すればすむものが多いが、現実はそんなに甘いくはない。
拷問を受けているに等しい場合が多く、こんなに苦しむのなら抗がん剤はいらないといって治療を諦め、緩和ケアを希望する人も少なくない。
自分に負けて妥協せざるを得ないのである。
私は幸い副作用が軽いほうなので、最後の最後まで闘う気でいるが、正直いって副作用がきつかったら自信はない。

体感できる副作用でも危険なものがある。
私の場合は、点滴薬をドセタキセルに変更してから手足の痺れがひどく、指先がしびれて皮膚の表面が痛く、端を持ったりボタンをかけたりすることができないなど、非常に不自由をしている。
さらに足の痺れは危険である。
足の裏が痺れているので地面に足底がついているという感覚がほとんどない。
ふわふわいている雲の上を歩いているようなのである。
足の裏の重力配分センサーが働かないのである。
身体が少し右に傾くと、右足右側の足底の重量が増して脳がこれを感知して姿勢を制御する。
この場合は人は脳の制御を意識していない。
立っているときは、まっすぐ立てるように常時無意識に自動的に姿勢が調整され続けいる。
だから私たちは、無意識にまっすぐに立ち続けることができるのである。
ある一定の角度を超えて傾くと、今度は三半規管が働いて意識的に姿勢を元に戻そうとする。
しかし、時すでに遅しである。
まっすく立っているという予防ができていないから、身体が傾きだしても分からない。
そこへ、いきなり 「ふらふら」 とくるから身体を支えきれない。
私は今回の入院以来、筋力が衰えているからなおさらである。
ふらふらと感じたときには、すでにこけている。
いきなりドタッとこけるのである。

ところで、腹筋を使って声を出すコーラスはかなりきつい運動である。
日ごろの練習でもかなり疲れる。
立って歌っているときは位置もふらふらして姿勢が定まらないので間違ってしまうことがある。
今月 25日(日)の市民合唱祭は出演回数が多く、本番以外のリハーサルも分刻みでかなりハードなので、ステージでも杖を持たせてもらおうと思っている。

読者のことを考えない私のブログの癖で長い余談になってしまった。
敏のせいか最近は閑話休題が多くなった。

今日 T 先生に白内障の手術をしてもいいかと尋ねたら 「いいですね。治療はすべて前向きに、どんどんやりましょう。田中さんが癌という病気に対して前向きに生きようとしていることは、奥さんから話を聞いてよく分かりました。私の他の多くの癌患者さんも同様、医者は患者さんと一体です。苦しみや悩みも共有しています。田中さんの場合は生きざまもです。」 といわれた。

私が人工呼吸器を挿菅される前、激痛に呻いている最中に手術室から駆けつた T 先生が、家内に私の日常生活の内容を根掘り葉掘り聞いたそうである。
家内は KSN やコーラスのこと、講義を投げ出してしまった情報専門学校のこと、6月には藤沢周平の故郷で作品に設定されている架空の小藩 「海坂藩」 のモデル、庄内藩鶴岡市などを訪ねる東北 1週間の旅行を計画していたなど・・・・・
それに 「コンピュータを 4台も残されたら困ってしまいます」 などとくだらないことまで言ったそうである。

家内の話を聴き終わった T 先生は 「そういうことなら何としても助けましょう。6月は無理でも必ず旅行にいけるようにしましょう。」 と言われたそうである。
そのあと T 先生の手によって人口呼吸器が挿菅された。
このままでは数十分の命というときの決断だった。

今日は土曜日で患者が少なかったこともあって T 先生とかなり長時間話をしたが 「奥さんから田中さんの日常生活のことを聞いて、田中さんになぜこんなに癌と闘う強い姿勢や気力があるのかよく分かりました。医者は患者さんを助けるのではなくて、患者さんと一緒になって病気と闘うんです。患者さんが闘う気力を失くしたり、医療技術だけに頼ったりしていては病気は治せません。」 といわれた。
そういえば、薬を変えるときなど 「さあ、これで頑張りましょう」 と言うのが T 先生の口癖だ。
「強いんじゃなくて意地を張っているだけです」といったら T 先生は 「それが大事なんですよ」 といって笑っていた。

かつて T 先生は家内の質問に 「私は患者の命を助けることを喜びにして医者の仕事をしているんです。この気持ちがなかったら医師などやってられませんよ。」 といわれたが、その言葉が今蘇ったきた。

私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
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2010年07月13日

占い蛸 パウル君の快挙

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私はサッカーというスポーツは好きではないが、ワールドサッカーのドイツチームの勝敗を占ったタコのパウル君 (Paul : ドイツ語の発音では パオルに近い) のニュースは面白かった。
その面白いニュースをご紹介しよう。

パウル君は 2010 FIFA ワールドカップでドイツ代表の勝敗を三位決定戦も含めて 8戦すべて予想を "的中" させた。
パウル君はイギリス南部ウェイマスのシー・ライフ・センターで卵から孵化し、現在はドイツのオーバーハウゼンにある水族館シー・ライフで飼育されている。
シー・ライフのエンターテイメント・ディレクターによると幼い時から知性を示していたそうな。

ドイツが決勝戦で敗れると、インターネット上には 「フライやバーベキューにしてしまえ」 「サメのいる水槽に入れろ」 「パエリアにしろ」 とか、一部のサッカーファンからは 「公開調理」 を求める声も出ているなど、パウル君を批判するコメントで溢れかえったそうだが、サメはタコを食べず、タコの方がサメを食べる場合があるそうだ。
水族館側は 「予言が的中したのは誠に遺憾」 であるとのおわびの声明を発表した。
ご愛嬌!!

一方、試合に勝ったスペインではパウル君は英雄視され、スペインの首相ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロは 「安否が心配だ。スペインから保護チームを派遣しようかと考えているところだ。」 とコメントしたとか。
これも笑ってしまうご愛嬌!!

動物愛護団体の動物の倫理的扱いを求める人々の会 「ETA」 は 、今月はじめに 「パウルを自由にすることを望む」 との声明を発表した。
これに対してシーライフの広報担当は 「パウルには明るい未来が待っている」 と述べ、既に 2歳半のマダコであり今後も飼育すると発表しているそうである。

いやはや大変な騒ぎである。
サッカーの試合よりよほど面白い。

ところで、なぜ 100% の的中率なのか・・・・・ほとんどの人が不思議に思うだろう。
8回の試合の勝敗を占うとき、どちらの箱に入るかの組合せは幾つあるだろう。
この場合は偶然、コンピュータの 0 と 1 の 8ビットの 組合せと同じである。
コンピュータは、オンかオフか、0 か 1 か、という二者択一で動いている。
0 か 1 のどちらかの値をとる単位を 1ビットと言い、8ビット(1バイト)が情報の最小単位となっている。
これでお気づきのようにパウル君は、8ビットがすべて 1 (11111111) というコンピュータの演算をやってのけたようなものである。

勝敗予想を的中させた場合を 1 、外れた場合を 0 とすると、8戦すべての勝敗を的中させた場合は 11111111 となる。
ところで、8回の試合の勝敗の予想の組合せは 00000000 10000000 11000000 11100000 ・・・ 11111111 のようになるが、全部でどれくらいの数になるだろう。
1回の試合には勝つか負けるかの 2種類の組合せがあり、これが 8回ある。
1回目の予想の種類が二つに対して 2回目の予想の種類がそれぞれ二つだから、2回の試合の予想組合せは 2 × 2 = 4、つまり 00 10 01 11 (負負 勝負 負勝 勝勝) の 4種類となる。
したがって 8回の試合の予想組合せは 2の 8乗 = 256通りである。

つまり、パウル君がアルゼンチンとの 3位決定戦を含めた 8戦すべての試合の勝敗を的中させる確率は 256分の 1 である。
考えてみると、自然現象などの世界から見た場合は 256分の 1 というのは物凄く高い確率である。
頑なに、すべての試合にドイツが勝つと占い続けていたら、確実に 256回のうち 1回は当たるのである。
だから、パウル君が全戦の勝敗を的中させたのは偶然ではなく、たまたまドイツが結晶トーナメントでは全勝で決勝戦を迎えたためである。
全問正解でクイズを勝ち上がってファイナルアンサーをクリアするより易しいかもしれない。

パウル君はかなりの高齢 (2歳半) のため、本大会後に予言活動から引退する予定だそうだ。
タコの寿命は野生では 1年から 2年、飼育環境下でもおよそ 3年と見られており W杯の勝敗予想はこれが最後と見られているとか。
これでパウル君の快挙は伝説となるだろう。
二度と同じ占いをしないからである。

最初は、何かトリックがあるはずで W 杯を盛り上げるために、占いはあくまで愛嬌でやっているのだろうと馬鹿にしていたが、途中でこの確率に気づいたので、これはマジで最後まで的中させるのではないかという期待が膨らんできて実に楽しかった。
パウル君、ありがとう!!

W杯の期間中は、パウル君のパフォーマンスを楽しませてもらったが、このブログを書いているうちに、しかし待てよ、数学的には確率が高くても現実の世界では偶然過ぎないか? という疑問がわいてきた。
数学や自然科学の目線で見れば 256分の1 という確率は常時起こる確率だが、寿命が 100年にも満たない人間の目線で見ると、あまりにも低い確率である、
全部ドイツが勝つと予想し続けても、256年に1回しか的中しないのである。
まして、引き分けも含めたら 3の 8乗 = 6、561年に1回しか的中しない。
宝くじよりダントツで確率が高いと言っても、およそ不可能な数字である。

予断だがジャンボ宝くじを連番で 10枚購入した場合、1等があたる確率は1万分の 1、一等と前後賞にいたっては 10京分の 4 だから毎年買い続けても当たるまで 2京5,000兆年かかる。
かといっても最初にあたるかも知れない。
それが確率である。
しかし、宝くじが当たる前の 2京5,999兆9,950億年前に太陽系は寿命が尽きている、と考えるほうがまっとうである。
全数買い占めない限り、どこの売り場で買おうと何枚買おうと、統計学にてらせば当選確率にはまったく影響しない。
ちなみに、連番で 10枚購入時の当選確率は次ぎのとおりである。
 一等の当たる確・・・・・・・・・・・・・・・・・0001%
 一等と前後賞の当たる確率・・・・・・・0.000000000000000004%
 一等と前賞の当たる確率・・・・・・・・・00000000002%
 一等と後賞の当たる確率・・・・・・・・・0.00000000002%
 一等組み違い賞の当たる確率・・・・0.0099%
だから宝くじは生きているうちには当たらない。
買うのはやめたほうがいい。
夢を買うのなら、お金より素晴らしい夢は他にいくらでもある。
宝くじに比べたら遥かに夢が実現する可能性が高い。
必ず生きているうちに実現するだろう。

閑話休題

他に何か考え足りないことはないかと思ってインターネットで蛸の習性を調べていたら、あった!

『タコは無脊椎動物の中で最も高い知能を持つとされ、色を見分け、形を認識することや、問題を学習し解決することができる。例として、密閉された捻蓋式のガラス瓶に入った餌を匂いでなく眼で認識し、ビンの蓋を捻って餌を取ることができる』

水族館の職員が面白い遊びを思いついて蛸を訓練したとしたらどうだろう。
この場合のキーワードは 「国旗」 ?
早速、各国の国旗画像を集めて見よう。

先ずはドイツの試合と各国の国旗をじっくりとご覧あれ。
パウル君でなくても間違いそうな国旗が多い。
ヨーロッパの国旗はなぜこんなに似ているのだろう。

パウル君の予想は 2008年のヨーロッパ大会のスペイン、クロアチア戦は予想が外れている。
両方ともドイツが負けたからである。
グループステージのセルビア戦と決勝戦のスペイン戦は相手の箱に入ってしまったが、どちらも正解だった。
セルビア戦と決勝戦のスペイン戦以外はパウル君は、すべてドイツの箱に入っているから、今年の W 杯の準決勝戦までの決勝トーナメントでは全部正解である。
決勝戦もドイツの箱に入っていれば 「とって食う」 などと言われずにすんだのに。

実はパウル君はドイツにやってきたときから、水族館シー・ライフで占いイベントをやっていたそうである。
「ドイツの試合」 のぺ−ジを観察した限りではパウル君は、2戦を除いて、すべてドイツの箱に入っている。
はから、パウル君はドイツ国旗の箱に入るよう訓練されていて、ドイツが負けて予想が外れてもパウル君のご愛嬌ということだったのだろう。

ところが今年のワールドサッカーはドイツが連戦連勝。
結果的に決勝戦前までの占いが全部当たってしまった。
ドイツのサポーターはもちろん、多くの国民のテンションが頂点に達していた。
パウル君はいつもドイツの箱に入るのだから、ドイツが勝てば占いは当たる。
チームが全部勝って優勝したときは、パウル君の占いは完璧となる。
しかし、一回でも負けていれば占いの勝率はチームの勝率と同じになる。
この場合は、パウル君は非難されないから安全である。
間違って相手の箱に入ったら今回のように、極言までテンションが上がってしまった人間の無茶苦茶な身勝手によっよって、いわれなき悲劇の主人公にされてしまう。

ドイツ国民は、決勝戦でもパウル君がドイツの箱に入ることを確信した、いや、パウル君は何がなんでもドイツの箱に入らなければならないことに決めてしまったのである。
なのに、あろうことか、パウル君はスペインの箱に入ってしまった。
パウル君は、国旗の色でドイツの箱を認識しているらしい。
しかしドイツの国旗に似た色、特に横に長くて赤い帯状の模様のある国旗がやたらに多い。
パウル君は、ついうっかりドイツ国旗に似たスペイン国旗の赤い帯だけしか見ていなかったのだろう。
2008年ヨーロッパ大会のスペイン、クロアチア戦、今年のグループステージのセルビア戦も同じようなケースで、相手国の国旗の赤い帯は共通している。
しかし、今回は世界大会の決勝戦でる。
あとで大変なことになるとは、パウル君は気づく由もなかったが・・・・・

ドイツは負けた。
結果的に運悪く(パウル君にとっては) パウル君の間違った予想が当たってしまった。
こうなるとパウル君のドイツ国民に対する責任は重大である。
身も世もなく嘆き悲しみ、かつ怒り狂っているサポータをみて水族館の職員は青くなった。
そこでパウル君の高齢を理由に即座に占いから引退させることに決めたのである。
そしてパウル伝説が残った・・・・・

という筋書きはいかがだろう。
それとも 256分の 1 の偶然か。
引き分けがあったら 6,561 分の 1 の確率になるから、こんな偶然は期待できないが・・・・・


私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
posted by toshi at 00:58| Comment(0) | 日記

2010年07月08日

相撲協会の幹部たちよ! 井戸から頭を出せ!

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集中治療室の 120時間 目次へ
NHK が名古屋場所中継の中止を決定した。
当然である。
調査特別委員会が相撲協会に対して勧告したときに NHK 幹部の話として 「処分は結構だが(放映の可否を判断するには)組織体質改善の方向を確認する必要がある」 と述べたという記事が朝日新聞の片隅に小さく出ていた。
だから、このまま行くと (行くに違いないが) NHK は放映を取りやめる決定をするだろうことは十分予想できたのである。
視聴者の意見もあるが真の決定要因は 「組織体質改善の方向が見えない」 ということである。
NHK の福地会長の記者会見では案の定、同じ言葉が繰り返された。
相撲協会の幹部は何のことを言っているのか分からないと言う体である。
「これだけ厳しい処分をしたのに」 ・・・・・と。
この処分が 「単なる対象療法」 に過ぎない 「川上から流れてくる泥水をザルで掬って水を綺麗にしようとしているに等しい」 ということが分かっていないのである。
川上に流れ込む泥を止めなければならないのにである。

私が現役時代に組織開発に携わっていたころ、各社の担当者の間で 「鍋がえる」という言葉が注目を集めていた。

「鍋の中で、蛙が下から暖められてウトウトしている。非常に居心地がいい。餌は十分である。あくせく働かなくても適当にやっていればいい。この状態は永遠に続くだろと蛙は思っている。ウトウト、ウツラウツラ・・・・・」

ぬるま湯組織の会社の社員を揶揄したものである。
この蛙たちは、その後どうなるだろう。
環境が変化して突然厳しくなると・・・・・
会社を取り巻く環境が突然変化する。
コンロの火が強くなって急激に鍋が熱くなってくる。
まだ、蛙たちは誰も気づかない。
ウトウト、ウツラウツラ・・・・・
そのうち鍋は赤熱する。
蛙たちは アッチ! と気づいたが時すでに遅く、飛び出す力もなくして皆枕を並べて焼け死んでしまったとさ。

「君たちは決して鍋ガエルになるな」
社員研修での私の口癖だった。
鍋ガエルの話は、国土交通省所管のどこかの公益法人にそっくり当てはまる。
天下り役員を含めて、4,000匹以上の鍋ガエルたちは焼け死んで当然である。

こんな、活性化の動機づけもしない組織や、規則、上位下達一点張りのぬるま湯組織には長い間に暗黙のうちに生成された「規範」 が出来上がる。
この規範は 「赤信号みんなで渡れば怖くない」 を保証する規範である。
これを、本来存在する就業規則やコンプライアンス (法令順守・企業倫理) などの 「フォーマルな規範」 に対して 「インフォーマルな規範」 という。
インフォーマルな規範が生成されると、フォーマルな規範は無視される。
みんなで赤信号を渡らずに、フォーマルな規範を守って青になるまで待とうとする者は組織からつまはじきにされる。
こんな組織を、我々は末期的症状の 「官僚病」 にかかった組織と呼んだ。

日本相撲協会の外部委員に、やくみつる という漫画家がいたが、テレビは 「やくみつる氏が、NHK が名古屋場場所の中継取りやめを決定したことに激怒している」 と報じていた。
事実なら滑稽な話である、
漫画家だけに、組織集団が一個の人格としてどのように振舞うか、行動科学の原理など、からっきしご存知ないのだ。
相撲協会の病巣の真の原因が分かるはずがない。

たしか外部役員退任の時に 「十分言いたいことを言った」 とコメンとしていた目のギョロッとしたおばさんもそうだ。
インフォーマルな規範が支配している 「ぬるま湯組織」 で一人や二人が煩く言ったところで犬の遠吼えである。
おばさんは退任のときに 「言いたいことは言わせてもらいました」 とコメントしていたが、自己満足も甚だしい無責任な発言であるというほかない。
言うだけなら誰でも言える。
別に勇気などいらない。
いや、そんなものは勇気じゃない。

ぬるま湯組織を改革するには命がけの努力が必要である。
どっぷりとぬるま湯に漬かって安住している組織のメンバーは、今の組織より苦痛が伴う組織に変化することを敏感にかぎつけるのである。
だから彼らの無言のサボタージュ、嫌がらせ、つまはじきなどを恐れていたら何もできない。
それどころか、彼らの集団的な策謀にあって退職せざるを得ないところに追い込まれる。
決してオーバーな言い方ではない。
私自信が経験したことである。
そのときは、こんな腐った会社は今のうちに早いとこ辞めたほうがいいと本気で思った。
が、それでは逃げ出すことになる。
一旦覚悟したからには最後までやってみよう思い直したのである。
幸い組織開発戦略に対するトップの理解があったので、私の組織開発部門のスタッフたちの長年の粘り強い努力によって、やがて社員のやる気に満ちた強力な組織に変貌していった。

組織開発は、トップに 「組織開発を成し遂げるという強い意志」 がなければ絶対に成功しない。
トップが組織開発手法を馬鹿にして、安直で短期的効果の出る独裁に頼ったり、規則一点ばりで上意下達を信奉しているような組織で担当部門だけが頑張っても、組織のメンバーは安心してサボタージュするどころか、トップと一緒になって組織開発を妨害する。
やがて担当部門は自爆し、担当者の何人かは会社を辞めざるを得なくなる。
私は在職中、このような例を沢山見てきた。
組織開発担当者にはトップを説得する能力も求められるのである。
相撲協会の改革を狙って導入された外部役員の中に、このようなことをよく理解し、自分の使命を果たすために命をかけて力士上がりの無知な幹部を説得するような人物が一人でもいたら、少なくとも今頃こんな事態にはなっていないだろう。
何の知識もない、その世界の有名人を外部役員に据えるなどは、自分たちが一生懸命考えているという見せ掛け、国民を騙す行為に過ぎない。
建前主義も甚だしい。
相撲協会の外部役員も、その他の公益法人の天下り役員と何ら変わらない。
理事会で、おざなりの意見を言うだけなら給料泥棒である。
そんな外部役員など、いないほうがいい。
今の理事長代行も生粋の元官僚であり、その経歴は関係なく普通の外部役員である。
改革は期待できない。

高度経済成長期を通じて日本の企業は、強い競争力を持った強力な組織を目指して組織開発を最大の経営戦略として突っ走ってきた。
その結果、日本の企業は、トヨタ自動車の全員参加による 「かいぜん」 に代表されるように、それぞれ世界に誇れる優れた経営手法を開発し、多くの優秀な企業戦士を育ててきた。
そして日本は世界第二位の経済大国にのし上がったのである。
ビジネスマンと、ただの給料取りサラリーマンは、ビジネスの現場では明確に差別化されることになった。

行動科学に 「2.6.2」 の原則というのがある。
組織に動機付けを与えずに放置しておくと
「頭の 2割は放っておいていても自ら積極的に組織に貢献するが、6割は日和見で、できるだけ楽をしようと行動する。
残りの 2割は積極的にサボタージュする。」
というものである
これは長い間の行動科学におけるデータ分析や研究で明らかになっている。
身近では町内会や PTA などの組織から、大は官庁・企業組織にいたるまで共通した現象である。
組織開発は、頭の 2割をいかに 2割 2分や3分に持っていくかというかという活動である。
組織全員の意識を頭の 2割に変えることなど、およそ不可能である。
頭の 2割が頭の 2割2分の会社と競争したら後者が勝つに決まっている。

テレビ報道番組に顔を並べている連中も、やく みつる氏と五十歩百歩だが、こちらは NHK の発表以来、問題の真の原因にようやく気づき始めたのか、少しずつ言葉に変化が見られるようになってきたように思える。
しかし誰もが俄か勉強中なのか、もう一つ迫力が感じられない。

日本相撲協会の幹部は直ちに全員辞職し組織経営の実務専門家に経営を託すこと、伝統は守るべきだが、親方が弟子たちの教育やマネージメントができるように、まず親方から教育を始めるなど、当面はロードマップまではなくとも具体的な改善策を日本相撲協会が発表すれば、NHK も今後の中継は継続するだろう。
そうでなければ、次の場所も中継は中止されるだろう。
福地会長の記者会見では、はっきりとそのことが示唆されていた。

かつて NHK も職員の不祥事が発覚して組織体質を問われたことがあるが、万全な組織など存在しない。
危機に遭遇したとき、環境が激変したときに、危機管理能力、自己修復能力が働く組織が強い組織なのである。
少なくとも組織のことを知らない相撲協会幹部よりも、強い組織作りに専念している (・・・と思う) NHK のトップは、相撲協会の根源的な問題はお見通しのはずである。
真の改革ができない組織に、視聴者から預かった受信料を 4億円以上も支払うわけにはいかないだろう。

私の知ったことではないが、日本の相撲が滅びるかもしれないのである。
NHK の中継どころではない。
相撲協会の幹部たちよ!
いい加減に、相撲協会という苔にまみれた井戸の中から、せめて頭だけでも出したらどうだ!!


私の生い立ちと死生観〜一年のこよみ
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